修学院離宮 その2 [京都Kyoto]
中離宮編。
下離宮、中離宮、上離宮とありますが、離宮といっても、きらびやかではなく、御茶屋のことだそうです。
松並木の道を歩いて、中離宮に向かう道すがらは、のどかな田園風景が広がっています。
この松並木は、御馬車道といって、明治時代に馬車用に整備されたということですが、結構狭い道幅です。馬車も小さめだったのでしょうか。
上、中、下の各離宮の間にある水田畑地は、明治時代に皇室に買い取られ、付属農地として景観保持の役目をしています。
実際に作業するのは、もともとその農地で働いていた、農家の方が、引き続き耕作しているようです。ということは、税金とか、収穫物とか、管理費とか・・・・いろいろありそうですね。汗
無粋な話をしました、次に行きます。
中離宮、楽只軒(らくしけん)の前庭です。
当然ですが、この中離宮に入るにも門があって、今回は皇室用の御門の通用は認められず、横にある袖門から入りました。開錠、施錠の手順は、下離宮と同じです。
楽只軒は、後水尾上皇の第八皇女光子内親王のための建物だそうです。床が低く、庭との一体感を感じられる造りになっているそうです。
写真も撮れないほど庭と建物が、近いので隣の客殿に移動します。
客殿の南側です。
中央に鯉の杉戸が見えていますね。
こんな感じです。誰が鯉を描いたかは不明だそうですが、網は円山応挙と伝えられています。
西側の杉戸。狩野敦信 祇園祭の鉾の絵です。
一の間は12畳で、一間半の飾り棚が向かって正面(座敷の北側)にあります。
リズミカルで軽快な雰囲気の飾り棚ですが、霞がたなびいているように見えるので、「霞棚」と呼ばれています。
桂離宮の「桂棚」、三宝院の「醍醐棚」とともに、天下の三棚と言われています。
写真に見える、色紙は、和歌や漢詩が書かれていて、上品なたたずまいです。
鯉の杉戸を通った次の部屋の襖です。桜と、仏塔のある山里の風景が描かれています。
正面の襖絵(北側)です。海部模様がえがかれています。
この一部屋で春から、夏、秋へと襖絵は進み、正面のお庭は、冬の風情を楽しむ趣向かもしれません。畳の敷方と、襖の桟の線が一直線に揃って、すっきりとした室内空間になっています。
客殿をぐるっと北側に回って、楽只軒の北側にきました。方角としては西を向いています。
鴨井に、「楽只軒」の扁額が見えます。
こちらにも、桜の風景の襖絵が書かれていますが、作者は、狩野探信だそうです。
上の写真は、客殿の北側です。この右手に楽只軒がつながっていて、土地に高低差があるので、北側から見ると複雑な造りになっています。
このあと、上離宮へ進みます~
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ホント素敵ですねー
こういう佇まいは好きな感じです♪
集団じゃなければ良いですよね…
by Akira (2013-07-04 22:08)
Akira さん。
まいどです。コメントありがとうございます!
集団でなければ、まさにそんな感じです。
行きかう自動車の騒音もなく、すごくいいところなんですが、集団なので、その静寂が感じられませんね。
それでも、建物の柱がこんなに細いのに、ずっとここにあるのはよく手入れされているからなのだと思います。
by koji (2013-07-06 10:00)
こんにちは。修学院離宮も行きたいところの一つなんですが、こちらは居住性が高いようですね。こじんまりとして(御所と比べると)、浮世の騒音から遠ざかっていますね。霞棚がすてきです。物を置くとどうなるのでしょう。
by whitered (2013-07-08 18:06)
whitered さん。
まいどです。コメントありがとうございます~
修学院離宮は、中離宮だけ、人が住める感じでした。
それでも、広い敷地の中にひっそりあるので、人が住むには寂しいところだと思います。
御所に比べると、相当質素です。徳川幕府との間に緊張関係のある中に建設されたので、そういったことも背景になるのかもしれません。
霞棚は、物を置くとしても、香炉とか冊子とかでしょうか。
床の間が横にあるので、花はそちらに生けるのだと思いますが・・・
by koji (2013-07-09 15:04)